60年前、長谷虎紡績とダスキンは「知識製造業」で世界を変えた<2023年開催・超異分野学会大阪大会ダイジェスト>

2024.01.30

1887年創業の老舗紡績会社・長谷虎紡績と、1963年創業のダスキン。今から60年前、両社は「掃除の仕事を楽にしたい」というダスキン創業者の課題を共に解決し、家事の領域で世界を変えるイノベーションを生み出しました。偶然の出会いから始まったというこの取り組みは、なぜ実現することができたのか。そして、繊維の「次のイノベーション」はどのようにして起こるのか。長谷虎紡績の長谷享治氏、ダスキンの今西正博氏、岡山大学発ベンチャー・フルエリアの小野努氏が、「知識製造業」をテーマに語り合います(本稿は超異分野学会 大阪大会2023で開催されたセッション「知識製造業の新時代」のダイジェストです)

イノベーションとは、課題解決の結果である

リバネス 丸 幸弘 本セッションのタイトルは「知識製造業の新時代」です。この知識製造業という言葉、みなさんはご存じですか?

長谷虎紡績 長谷 享治氏 おそらく、ほとんどの方はわからないと思います。リバネス独自の概念であり、丸さんの新しい書籍のタイトルでもありますね。

 見事なフォローありがとうございます(笑)。知識製造業は初めて耳にするかもしれませんが、製造業はみなさんわかりますよね。今この場に服を着ていない人はいませんが、服というのは「つくられたもの」です。今座っている椅子も、この会場の建物も同じ。すべて「製造」されたものです。少し目線を変えると、例えば100年続く老舗の豆腐屋も、豆腐というものをつくる製造業です。つまり、私たちの身の回りにあるもの、手元に届くものは、すべて製造業のおかげなんです。そして、日本企業の99.7%は中小企業ですが、その多くが製造業です。日本がものづくりの国といわれる理由ですね。

今、この日本の製造業が危機に瀕しています。このままでは、製造業の衰退と共に日本全体が衰退していきます。では、どうすればよいのか。これからの時代は、製造業に知識を投入して新しい概念をつくっていかなければなりません。そのメッセージと具体的な内容を一冊にまとめたのが、先ほど長谷さんが触れてくださった『知識製造業の新時代』という書籍です。

長谷 私は岐阜県羽島市に本社を置く長谷虎紡績という会社の代表を務めています。まさに中小企業かつ製造業の当事者なわけですが、丸さんから知識製造業という言葉を聞いたときに、本当に大きな衝撃を受けました。正直にいうと、最初は「製造業」と「知識」は真逆の関係だと思ったんです。ところが、「知識製造業」という観点で自社の事業を見直してみると、それまでは認識していなかった自分たちの強みに気づくことができた。そして、事業の価値を再構築できるようになったんです。今日はそんな話をできればと思っています。

 実は私の中では、知識製造業というのは日本でずっと行われてきたものなんです。詳しくは後ほどご紹介しますが、本セッションの登壇者である今西さんが所属するダスキンと長谷虎紡績が60年前に起こしたことは、まさに知識製造業だと思います。

ダスキン 今西 正博氏 確かにそうですね。当社が創業した60年前から、長谷虎紡績さんには大変お世話になっています。

 そしてもう一人の登壇者、岡山大学の教授であり、大学発ベンチャーのフルエリア代表でもある小野さんは、長谷虎紡績とダスキンと共に「次の知識製造業」をつくっていけるはずだと私は思っています。

岡山大学/フルエリア 小野 努氏 歴史のある長谷虎紡績さん、ダスキンさんとは違って、私は起業1年目の「ペーペー」ですが、どうぞよろしくお願いします。

 今日はこの4人で議論をしていくわけですが、最初に私から「知識製造業とは何か」を端的に説明したいと思います。

まず原則として、知識製造業はテクノロジーからは始まりません。技術ありきではない。そうではなく何か課題があって、その課題に対してアプローチを仕掛けていく。課題がなければ、新しい製造業は始まらないんです。

そしてこの課題も、誰もが知っているような表面的なものではなく「ディープイシュー」でなければなりません。例えば糖尿病は課題です。地球環境も課題です。誰でも知っています。そこで理解をとめるのではなく、「これって本当はどういうことだろう」という個人的な興味を起点に深く深く掘っていくことによって、「こんなところに課題があったのか!」という具体的なポイントにまでたどり着くこと。これがディープイシューです。

ディープイシューにたどり着くことができれば、それを解決するためにテクノロジーを組み合わせることができます。例えば糖尿病を豆腐で解決するためには、これまでと同じ豆腐ではダメだ、こういう機能性やああいう機能性を入れていく必要があるはずだ、という形でテクノロジーの集合体をつくっていくわけです。このテクノロジーの集合体が、すなわち「新しい知識」です。つまり知識製造業とは、未解決の課題を解決するために、既存の知識を組み合わせて新しい知識をつくることなんです。

もう一つ大事なことは、課題解決には「もの」が必要だということです。今日のこの場は、たくさんの研究者が集う超異分野学会です。研究者が何をしているかといえば「発見」です。しかし、発見だけでは特許にはなりません。特許をとるには、再現性のある「発明」にする必要があります。発見を発明にして特許をとれば、「知財」と呼ばれるようになります。

では、知財があれば世の中が変わるのか。残念ながら変わりません。これは大きな課題ですが、日本には「使われていない特許」が溢れかえっています。発見はある、発明もある、知財もある。でも、それが使われていないのでイノベーションが起こらない。なぜなら、イノベーションとは課題解決の結果として起こるものだからです。そして、課題解決のためには知識を組み合わせて、それを「形」にしなければなりません。つまり、イノベーションを起こすためには、最後のフェーズで絶対に製造業が必要なんです。まずはこのことを、研究者の方も製造業の方も、しっかりと理解してもらえればと思います。

「最盛期の98%減」が長谷虎紡績のチャンスである理由

 ではここから、長谷さんにバトンを渡したいと思います。

長谷 改めまして、長谷です。まず最初に、現在の紡績産業がどういう状況にあるかを説明させてください。日本にある紡績施設の数は、最盛期と比較すると98%以上が海外に流失している状態です。要するに、日本で紡績事業をやっているところはピーク時の2%にも満たない数にまで落ち込んでいます。こうした厳しい状況で、私たちはなぜ事業を続けることができたのか。どういう強みがあり、どうすればさらに強くしていけるのか。そんなお話をしていきたいと思います。

長谷 享治 氏 長谷虎紡績株式会社  代表取締役社長 1980年1月11日生まれ。岐阜県出身。麗澤瑞浪中学・高校を卒業後、麗澤大学に進学し2003年3月、同大を卒業。2003年4月、長谷虎紡績株式会社に入社。大阪支店や中国の子会社社長を経て2019年12月、5代目として長谷虎グループの代表取締役社長に就任。

長谷 長谷虎紡績は1887年(明治20年)創業です。それ以来136年間、ずっと繊維に携わる仕事をしてきました。ただ、創業者はもともと繊維に精通していたわけでも、どこかの繊維企業に勤めていたわけでもありませんでした。ではなぜ紡績会社を立ち上げたのか。それは社会課題の解決のためでした。

136年前の羽島市は、何の産業もない貧しい地域だったそうです。多くの人が農業に従事しながら養蚕業にも取り組み、繭玉を売ることでなんとか生計を立てるような状況だったといいます。ところが、この繭玉は都会から来た仲買人に安く買い叩かれてしまう。そのため、農家を継ぐ長男以外の子どもは10代半ばで外の地域に出稼ぎに行かなければならない。結果的に、いつまでたっても地域が豊かになっていかない。そんな地域の悪循環をなんとか解決したいと創業者が行ったのが、地元で紡績を行う製糸会社を立ち上げるということでした。

地域の人たちが精魂込めて育てた繭玉を適正な価格で買い取りつつ、工場でも働いてもらう。地元で繭玉から生糸に加工できれば付加価値もつき、地域全体が豊かになっていく。そんな世界を実現するために生まれたのが長谷虎紡績でした。自分たちの事業を通じて、どうすれば世の中のためになるのかを考え続けたからこそ、136年という長い歴史を積み重ねることができたのだと思います。

 素晴らしいですね。しかしそんな長谷虎紡績でも、日本の紡績産業全体と同じ危機に直面していることに変わりはないはずです。

長谷 おっしゃる通りです。競争社会の中で、レイバーコストの安いエリアにものづくり拠点はどんどん移ってしまいました。しかし一方で、これからの時代はものすごく大きなチャンスがあることも事実です。

現在、世界全体で消費されている繊維素材は年間9000万トン以上に上ります。しかも、この消費量は20年間で2倍に増えました。人口が増えるのに比例して服の消費量も増えたからです。今後も世界の人口は増えますから、さらにこの量は増えていきます。

では、そんな時代に長谷虎紡績が「環境に負荷をかけない素材」をつくることができればどうなるか。私たちのものづくりが世界に羽ばたくチャンスが必ずやってきます。実際、長谷虎紡績では「2030年までに製品の80%以上を環境配慮型の素材に変える」という目標を立てました。私たちは、繊維で世界を変えていこうと本気で考えているんです。

目標達成の取り組みとして、例えば人口タンパク質の素材Brewed Protein™ (ブリュード・プロテイン)を製造するSpiber社と2014年から一緒に開発をしています。他にも、日本国内からさまざまな新しい繊維が生まれています。そういった繊維と私たちのものづくりを掛け合わせるこで、改めて、新しい形で世の中に貢献していきたい。そう思っています。

そもそもの話をすると、繊維というのは人に一番近いプロダクトです。私たちの肌にほぼ24時間、365日、繊維が触れているわけです。その価値は本当に大きいし、そこでの新たな取り組みの可能性は計り知れません。

 日本だけを見ているとシュリンクしか感じませんが、世界に視点を移した途端に大きなチャンスがあるわけですよね。しかも「日本の紡績施設は最盛期の2%しか残っていない」といえばマイナスに見えますが、現在残っている2%にとっては「日本でできるのはうちだけだ!」と胸を張れるということでもあります。

長谷 まさにそうです。日本の現状は、逆にチャンスなんです。

ダスキンは「ぞうきんレンタル」のベンチャーだった

 さて、このセッションでは長谷虎紡績とダスキンが登壇者に並んでいます。個人的には、今日は伝説の日だと思っています。

長谷 ダスキンさんと弊社が同じセッションに立ち、社外向けに発信するのは初めてですね。

 冒頭でも少し触れましたが、長谷虎紡績とダスキンには非常に長く、深い関係があるんですよね。まずはその前段として、ダスキンの今西さんから自社のご紹介をお願いします。

今西 それでは、まず私たちの会社について三つの特徴をお話させてください。

一つめは、日本で初めてフランチャイズビジネスを展開した企業であるということです。大きくわけると清掃・衛生用品を主力とする訪問販売グループとフードグループの2つの領域の中で、合計15の事業を展開しています。フードグループには、皆さんよくご存知のミスタードーナツも含まれています。また、東南アジアを中心に海外展開も進めています。

当社は今年で60周年を迎えるのですが、創業時の商品が、水を使わなくてもホコリが取れる化学ぞうきん『ホームダスキン』でした。後ほど詳しくお話しますが、長谷虎紡績さんにはこのホームダスキンを開発していただきました。

二つめの特徴は、全ての事業がface-to-faceのサービス業だということです。基幹であるモップやマットのレンタルを中心としたクリーンサービス事業では、全国1800社の加盟店さんと共に、日本全国の約520万軒のお客さまに商品をお届けしています。一般的にダスキンは大企業として認識いただく機会が多いのですが、実際には中小企業の集合体だと考えております。

三つめの特徴は、「祈りの経営」という考えを経営の中心に据えていることです。これはダスキン創業者である鈴木清一が生涯追求した思想でもあります。非常に貧しい生い立ちで苦労をした鈴木は、とある企業で頭角を現して娘婿に入ったものの周囲の妬みをかってしまい、結果的に体を壊して結核を発症しました。その入院生活中に出会ったのが、当時のベストセラーだった西田天香さんの著書『懺悔の生活』でした。その考えに大いに感銘を受けた鈴木は、その後、西田さんが創始者である一燈園に入信し、修行を経て「祈りの経営」にたどり着きました。

ダスキンでは現在もその考えを経営理念として大切に継承していて、われわれ社員も、それから加盟店さんも、鈴木と同じように一燈園で托鉢などの修行をしてはじめて一員に加わることができる、というかたちをとっています。

今西 正博 氏 株式会社ダスキン 訪販グループ 戦略本部戦略部 1961年生まれ。奈良県出身。1983年株式会社ダスキン入社、生産本部 技術部に配属。 1989年に主力事業である愛の店事業本部(現訪販グループ)商品開発部、2012年に経営企画部、2013年に社長室(現秘書部)、2016年に戦略本部 開発研究所、2023年より同 戦略部にて開発ニーズと研究シーズのマッチングに取り組む。

今西 その経営理念の具体的な内容が下の画像に記されています。この中に「損と得とあらば、損の道をゆくこと」という部分がありますが、これはまさに『知識製造業』で書かれている「課題解決が先。売上は後からついてくる」という考えとも合致していると思っています。

 ありがとうございます。では、いよいよ本題です。ダスキンと長谷虎紡績の関係性について教えてください。

今西 長谷虎紡績さんには当社の創業以来、大変お世話になっています。1964年にヒットした家庭用化学ぞうきん『ホームダスキン』の開発で、ガッチリとタッグを組んでいただきました。その後も、現在の主力商品である赤いモップも含めて、本当にさまざまな商品開発において新たな技術を導入した素材を提供いただいています。

 なるほど。いわば60年前にベンチャー企業だったダスキンを、先輩企業である長谷虎紡績が支援したというかたちですね。両社の最初の出会いはどのようなものだったのでしょうか。

長谷 きっかけは、ダスキン創業者の鈴木清一さんが弊社の蚕霊碑に手を合わせているところに、当時の代表だった私の祖父が通りかかったことでした。見かけない人がいるなと祖父が声をかけたところ、「実は新しい糸の開発依頼にきたが、断られてしまった。ただここに来られたことに私は感謝をしている。それで、大阪に帰る前に手を合わせていました」と。1963年のことですから、まだ新幹線もありません。在来線で大阪から岐阜まで何時間もかけて来て、断られたにもかかわらず感謝しています、というわけです。随分変わった人だなと思った祖父が「何のための糸ですか」と聞くと、鈴木さんは「世の中の幸せのために、ぞうきんのレンタル事業をしたい。そのための糸を探しています」と答えたそうです。

みなさん、少し考えてみてください。60年前にぞうきんをレンタルする事業の話を聞いて、協力する人は普通はいないはずです。実際に、弊社の担当者も最初は「うちでは難しい」とお断りしています。しかし、祖父は鈴木さんの情熱に打たれてしまった。それでもう一度、その担当者と役員を呼んで、鈴木さんも交えた4人で「君たちが断ったのは正しい。私もこの事業が成功するかはわからない。でも、鈴木さんの情熱を聞いて、ぜひ手伝いたいと思った」と説得したんです。

 話の途中ですみません。ダスキン創業者の鈴木さんは、なぜそこまでぞうきんにこだわりがあったのでしょうか。

今西 背景としては、鈴木は元々がワックス屋だったので、ツヤを出すというノウハウがありました。同時に、アメリカ発祥の水を使わずにホコリを取るダストコントロール技術に出会い、「自分を汚して相手をきれいにする化学ぞうきんは、なんて素晴らしい商品なんだ!」と感銘を受けたそうです。

長谷 私がすごく感動したのは、ぞうきんが女性の社会進出につながったという話です。1960年代当時は、冬でも冷たい水でぞうきんを絞っていて、すぐに手があかぎれになってしまった。鈴木さんには「水を使わないぞうきんで、掃除や家事などの仕事を楽にしたい」という思いがあったそうなんです。

 なるほど。つまり、ダスキンの創業者にはどうしても解決したい課題があった。

長谷 はい。だからこそ、祖父は一瞬の出会いで鈴木さんを信頼して、そして一度は話を断った社員に自ら頭を下げて、そのプロジェクトにもう一度巻き込んだ。ある意味では、ダスキンのイノベーションは、その一瞬の信頼から始まったと私は感じています。

 おっしゃる通りですね。イノベーションは偶発的な出会いがなければ生まれません。そして、「一緒にその課題を解決したい」と信頼することでしか、その出会いがプロジェクトになることはありません。「この人は信用できるのだろうか」「自分に不利なことがあるのではないだろうか」「果たしてメリットはあるのだろうか」という競争原理的な考えでは、新しいものごとは始まらないんです。信用ではなく信頼。競争ではなく共生。この考えの正しさを証明してくれているのが、長谷虎紡績とダスキンの60年間にわたる共生型イノベーションだと思います。

サステナブルの時代は、紡糸技術が逆流する

 さて、ここからは公開で「知識製造業」を実践する時間です。岡山大学 学術研究院環境生命自然科学学域の教授であり、株式会社フルエリア代表を務める小野 努さん、長らくお待たせしました。長谷虎紡績とダスキンが、フルエリアの新たな知識を組み合わせて、次なる知識製造業を起こすことができるのかどうかにトライしてみましょう。まずは小野さんから自社技術の紹介をお願いします。

小野 よろしくお願いします。まず、会社の説明をさせてください。社名である「フルエリア」には「Fluere(流体)to Material(素材)」という意味が込められています。流体をマイクロ流路を用いることで自在に制御し、これまでにない機能性素材や機能性素材の製造方法を提供するというコンセプトで事業を行っています。

小野 努 氏 岡山大学 学術研究院 環境生命自然科学学域 教授/株式会社フルエリア 代表取締役 1998年九州大学大学院工学研究科 博士修了 (工学)。九州大学大学院 工学研究院 助手、スタンフォード大学 客員研究員、2006年4月岡山大学大学院 環境学研究科 准教授を経て2012年より同大学院自然科学研究科 教授。JST 大学発新産業創出プログラム(START)「マイクロ湿式紡糸技術をコアとした高付加価値材料の精密生産」代表などを勤め、マイクロ化学プロセスで新たな機能性素材を創出することを目指している。2021年2月岡山テックプランター最優秀賞・KOBASHI HOLDINGS賞・MASC賞、2021年9月ディープテックグランプリ三井化学賞受賞。2022年1月株式会社フルエリアを起業。

小野 拠点である岡山は、長谷虎紡績さんの岐阜と同じく繊維の町です。しかし時代の変化に伴い、化学繊維の製造に欠かせない紡糸ノズルを作る微細な金属加工技術が行き場を失いつつありました。その技術を化学プロセスで生かせないかと考えたのが、事業の出発点です。

技術的には、マイクロ流路を用いた湿式紡糸技術をコアとしています。もう少し詳しく説明をすると、小さなノズルの中に内と外の二つの流れをつくり、外側の流れで中の流体を絞って、それを引っ張りながら固めて繊維にする、というものです。湿式紡糸は昔からある技術ですが、当社の場合はマイクロ流路を使い、さらに外側の流れの作用によって極めて微細な繊維をつくることができる、というのが強みとなっています。

一般的な化学繊維は、石油由来の素材を高熱で溶融し、それを引っ張って糸状にして固める乾式紡糸という技術でつくられています。大量生産に適した技術であることから、大手企業が手がける技術もほとんどこちらになっていて、湿式紡糸を手がける企業はほとんどなくなっているのが現状です。

しかし、これからの時代に絶対に必要になってくる天然由来のサステナブルな繊維素材は、そのほとんどが熱に弱い。つまり、乾式紡糸には向いていません。溶液を流しながら、溶液の中で固めて繊維を作る湿式紡糸の技術が今こそ求められているんです。ですから、私たちが湿式紡糸のレベルを大きく上げて、日本の高い技術をきちんと活用しながら新たな市場を開拓していきたいと考えています。

そのためには、大きく二つの課題があります。一つは、ものづくりのための高度な加工技術が足りていないということ。もう一つは、繊維の主用途であるアパレルには、ここまで微細なものは求められていないということです。つまり、超微細な繊維の用途自体をこれから見つけていかなければなりません。現在、一緒に事業をつくり上げていくパートナーを募集中です。興味がある方は、ぜひお声がけください。

「私の課題を、この繊維なら解決できるはずだ」

 さあ、今の小野さんの発表を聞いた上で、この技術の用途を考えてみましょう。ダスキンの今西さんは生活者の声や現場の課題をたくさん知っているはずです。いかがでしょうか。

今西 まずナノファイバーを採用している弊社商品で考えてみると、マスクや空気清浄機のフィルターが当てはまりますね。

 ただ、その用途に使うにしては値段が高くなりそうですよね。

今西 そうですね。どれくらいの量産レベルになるのか、にもよるとは思いますが。

 小野さん、量産できれば値段を下げていくことはできますか。

小野 設備投資をして、スケールメリットを出せれば値段は下がります。ただ、そこまで大量につくって売り先があるかというと難しそうだなというのが現状です。例えば超微細繊維でマスクをつくれば空気抵抗がかなり下がるので、息苦しさを解決した高性能なマスクを実現できるはずです。ただ結局は、「そこまでの性能は必要ない」ということで普通の不織布のような安い素材に負けてしまうと思います。

丸 幸弘 株式会社リバネス 代表取締役グループCEO 2002年大学院在学中に理工系大学生・大学院生のみでリバネスを設立。日本初「科学出前実験教室」をビジネス化。異分野の技術や知識を組み合わせて新たな事業を生み出す「知識製造業」を営む。アジア最大級のディープテックベンチャーエコシステムの仕掛け人として、世界各地のディープイシューを発掘し、地球規模の課題解決に取り組む。ユーグレナをはじめとする多数のベンチャーの立上げにも携わる。2023年6月に、激動の時代を生き抜くための新しい概念をまとめた書籍『知識製造業の新時代』(リバネス出版)を発刊。

 長谷さん、何か良いアイデアはないですか。

長谷 ナノ化によってどのような効果を実現できるのかを明らかにしていくことが、重要なプロセスなのかなと。例えば、超微細な繊維だからこそ、保温性が高かったり、音の吸収力が高いなど。どういった効果があるかを明確にしていくと、商品開発の方向性が見えてくるのではないでしょうか。

 なるほど。ただ今日の話を振り返ると、ダスキンの創業者はまず課題ありきで長谷虎紡績を探したわけですよね。具体的にはどのような課題に対して、どんなものが欲しくて長谷虎紡績を訪れたのでしょうか。

今西 『ホームダスキン』は、縦糸と横糸それぞれの紡ぎ方も太さも異なります。ダストコントロールクロスに適した技術が必要なわけです。さらにいえば、ホームダスキンは使い捨てではなく、繰り返し使ってなんぼの商品ですので、5年でも10年でも繰り返し使える耐久性が問われます。使うのが1回目でも100回目でも「同じ顔」をしていないとダメなんです。

 そういう「新しいぞうきん」をつくりたくてしょうがない創業者の鈴木さんが、長谷虎紡績ならきっとその技術があるはずだ、課題解決ができるはずだ、ということで大阪から岐阜まで足を運んだと。

今西 はい、その通りです。

 となると、やはり鍵となるのは「課題から」ですね。「この技術を何に使えるだろうか」と考えるのではなく「私が解決したい課題を、この超微細繊維なら解決できるのではないか」という順番が正しいはずです。

長谷 確かにそうですね。

 時間的にこの場で答えを出すのは難しそうですが、引き続きトライしていきましょう。

小野 大先輩の長谷虎紡績さんとダスキンさんが60年前に実現したことを、ぜひ私もどこかの会社と協業して成し遂げたいと思います。

 そうですね。ぜひ60年後にその話をしてもらえればと思います。

小野 はい、生きていればぜひ(笑)。

 あっという間に終わりの時間ですが、中小企業もベンチャー企業も、大企業も大学も、そして現役世代も次世代も一体となって、これからの時代を「知識製造業」でつくりあげていきましょう!みなさん、本日はどうもありがとうございました。

左より:リバネス 丸幸弘/長谷虎紡績 長谷 享治氏/岡山大学 小野 努 氏/ダスキン 今西 正博 氏