- 全国知識製造業会議
創業100年越えの老舗ベンチャーが語る、知識製造業の実践とは <全国知識製造業会議2024 パネルセッション>
2024.11.11長谷虎紡績とKOBASHI HOLDINGSは、いずれも創業100年を越える地域中小企業であり、同時に「老舗ベンチャー」とも呼べる存在だ。両社は常に、その時代特有の社会課題を解決することで現在まで事業のバトンを繋いできた。本記事では、中堅企業・中小企業が知識製造業へのシフトに取り組むうえで大きなヒントになる2社の実践例を紹介する。
※本記事は、2024年4月12日に開催された全国知識製造業会議2024のパネルセッション「創業100年越えの老舗ベンチャーが語る、知識製造業の実践とは」のダイジェストです。
知識製造業の実践で137年を生き抜いた長谷虎紡績
リバネス 丸 幸弘 では、パネルセッション『創業100年越えの老舗ベンチャーが語る、知識製造業の実践とは』をはじめさせていただきます。「知識製造業」はリバネスが発明した概念で、「知識と知識の組み合わせによって新たな知識をつくりだし、未解決の課題を解決する」ということを意味します。2023年6月に出版した私の著書『知識製造業の新時代』でも詳細に説明をしていますので、ぜひお読みいただければと思います。
ただ、知識製造業という言葉ではなかったとしても、同じかたちで課題解決をしてきた企業は昔から存在します。今回のセッションでは、まさに「知識製造業の実践者」と呼べる2社にお越しいただきました。彼らは時代の変遷と共に、どのような社会課題に対してどのような知識を組み合わせて解決してきたのか。これを3人で議論していきたいと思います。まずは長谷虎紡績株式会社の代表取締役社長である長谷享治さんから自己紹介をお願いします。
長谷虎紡績 長谷享治 氏 当社は岐阜県羽島市に本社を構え、1887年の創業からずっと繊維を中心とした事業を展開しています。丸さんから共有があった通り、知識製造業は今に始まった概念ではありません。私たち長谷虎紡績が137年間も生き残ることができたのは、時代に合わせて知識製造業をしてきたからに他なりません。
長谷虎紡績の創業ストーリー自体も、まさに知識製造業を体現していると感じています。当社は初代である長谷虎吉が立ち上げました。私で5代目です。当時の岐阜県羽島市には大きな産業がなく、農業との兼業で養蚕を営む人々が多かったといいます。しかし、丹精込めて作った繭玉を、他の地域から来た仲買人に安く買い叩かれてしまうという問題がありました。結果的に家族を養えるだけの生計が立たず、家を継ぐ長男以外の子どもは10代で出稼ぎにいかなければいけない状況だったそうです。
初代は繊維の専門家だったわけではありません。しかし、少しでも地域が豊かになって欲しいという思いで立ち上がりました。まず、製糸会社を創業し、製糸工場を建設。その後、地元の人たちから適正価格で繭玉を購入し、生糸を販売しました。工場建設で新たな雇用が生まれ、養蚕農家も生活を安定させることができ、地域が豊かになりました。
話を現代に戻します。現在私たちが所属する繊維業界は非常に厳しい状況に直面しています。日本では衣料品の輸入率が98%にも上り、made in Japanの洋服はごくわずかとなっています。その影響が顕著に表れているのが、岐阜駅のすぐ近くにある岐阜繊維問屋街です。かつて岐阜県には多くの繊維関連企業が存在し、問屋街も大いに賑わっていました。しかし、現在ではご覧の通り、シャッター通りと化してしまっています。
丸 長谷虎紡績も同じようになってしまうのでしょうか。
長谷 このまま何もしなければ確実にそうなります。だからこそ、新しい知識を取り込んで知識製造業をしていく必要があります。重要なのは、我々が持っているどの知識を組み合わせるかということです。知識製造業という概念を知ったとき、私は自分たちの強みを知るために改めて工場を見渡しました。そこで再認識したのは、素材を糸にする能力に長けているということです。例えば当社が開発したカイノールという製品は、耐薬品性や耐熱性に非常に優れており、1994年から「最も燃えにくい繊維」としてロケットにも使用されています。
丸 それはすごいですね。他にはどのような事例がありますか。
長谷 10年前から、植物由来の人工タンパク質素材を開発しているSpiber株式会社と連携しています。彼らは構造タンパク質素材「Brewed Protein™」の開発に成功しましたが、素材を糸にするための知識が不足していました。糸ができなければ、そこから生地を製造することも、最終的に商品化することもできません。そこで、長谷虎紡績が長年培ってきた「糸にする技術」を提供し、お互いの知識を組み合わせることで新たな可能性を追求することができました。
丸 もし長谷虎紡績がいなかったら、Spiberは糸を生み出すことができなかったのでしょうか。
長谷 そうかもしれません。もしくは、糸を生み出すまでに多大な時間がかかっていたでしょう。
丸 今日、この場に集まっているみなさんの中にも、所属する産業自体が縮小傾向にある方々が多いのではないでしょうか。長谷さんは、知識製造業を実践して事業領域を広げていますが、なかなか同じようにはいかないという企業もいらっしゃるかもしれません。全国知識製造業会議では、セッションや出展企業との知識の交換を通じて、ぜひ知識製造業のヒントを持ち帰ってください。
世界の課題を耕すKOBASHI HOLDINGS
丸 続きまして岡山に本社を置くKOBASHI HOLDINGS株式会社の代表取締役社長である小橋正次郎さん、自己紹介をよろしくお願いします。
KOBASHI HOLDINGS 小橋正次郎 当社は1910年創業の農業機械メーカーで、田んぼや畑を耕す鍬や鋤などの鉄製の農業器具をつくっていたのが原点です。私で4代目なのですが、初代は元々鍛冶屋の職人でした。日本の農地をどんどん耕して食料を増やしていきたい、日本人の胃袋を満たしていきたいという思いが創業のきっかけとなりました。
2017年から、私たちはホールディングス体制をとっています。創業の原点を引き継いでいるのが、農業機械事業を行う小橋工業です。農地を耕すトラクタには「耕うん爪」というものが取り付けられます。この耕うん爪が我々の主力商品なのですが、ここには創業時からの技術が詰め込まれています。現在、耕うん爪は国内でトップシェアを誇り、全国の農地を耕しています。
小橋 私が社長に就任してから、会社の理念を「地球を耕す」に再定義しました。日本の農地だけではなく世界も視野に入れていこう、地球全体で発生している課題に取り組もうという決意が込められています。
丸 最近、小橋さんはドローン産業に参入していますね。なぜドローンに踏み込もうと思ったのでしょうか。
小橋 新しい産業が興ろうとしているところに、最初の一歩を踏み出したいという気持ちがまずは大きかったです。日本は規制の関係でドローンの導入が遅れていますが、すでに海外では市場が急成長しています。我々が主戦場とする農業機械業界にとどまるのではなく、積極的に他産業にも挑戦していきたいという思いでドローンに参入しました。
中小企業とベンチャー企業が双方向で知識を製造する
丸 小橋さんが新しい産業に挑戦する一方で、長谷さんはずっと繊維に取り組んでいますよね。
長谷 繊維に限定して事業を展開しているわけではなく、常に繊維に可能性を感じているからこそ続けてきた、というのが正しいです。
例えば、遡ること61年前のことです。ある男性が「雑巾をレンタルする事業を始めたいので、糸の開発に協力していただきたい」と当社を訪れました。当時は、ボロボロになったタオルをミシンで縫って雑巾にする時代です。「雑巾レンタル」という発想はあまりにも斬新すぎて、対応した従業員もお断りをしたそうです。
ところが、この男性は断られたにもかかわらず、帰りに当社の蚕霊碑の前で手を合わせていました。偶然その場に居合わせた当時の代表である祖父が声をかけたところ、「世の中の幸せのために、雑巾のレンタル事業を始めたい。今回は断られてしまったが、話を聞いていただいたことに感謝をしていました」と。祖父も雑巾のレンタル事業が成功するかどうかは微塵もわからなかったそうですが、その純粋な想いに打たれ、事業に協力することを決心したそうです。実はその男性こそがダスキン創業者の鈴木清一さんで、ここからダスキンの『レンタルクロス』が生まれました。
丸 当時のダスキンのように事業に強い情熱を持つベンチャー企業と、長谷虎紡績のように「人のため」を掲げる中小企業がタッグを組むのは面白いですね。2社が協力したことでヒット商品が生まれ、ダスキンは誰もが知る企業に成長したわけですから。
KOBASHIも2014年からユーグレナと共同研究を始めていますよね。すでにユーグレナは上場していたとはいえ、「ミドリムシのビジネス」の可能性はまだまだ未知数だったと思います。どちらから共同研究を誘ったのでしょうか。
小橋 私から「一緒に事業をしませんか」と代表の出雲さんに提案しました。背景には、日本の食料自給率の低下とそれに伴う農家さんの減少、耕作放棄地や未利用農地の増加といった状況がありました。
この課題をなんとかしたいと考えて、「農家さんが農地で藻類から燃料をつくることができれば、今の状況が改善されるのではないか」というアイデアにたどり着きました。そして、実現に向けて本当に多くの方に相談したのですが、唯一「やりましょう」と言ってくれたのがユーグレナの出雲さんでした。結果的に、当時のアイデアが事業に直結したわけではないのですが、ベンチャースピリッツに溢れる出雲さんと共に取り組んだ経験は、当社にとって本当に大きな収穫でした。
丸 長谷虎紡績はベンチャー企業から提案を受けて始まった。逆にKOBASHIはベンチャー企業に提案をして始まった。両社それぞれの「始まり」がとても興味深いですね。もちろん、ベンチャー企業と中小企業、どちらから提案しにいくべきかという正解はありません。「双方向から知識を製造しにいく」というのが重要です。また、「糸が強みである」「藻類でバイオ燃料を作りたい」といった具体的な強みや目標があるほど、知識製造業はうまくいく傾向にあると感じています。
ことを仕掛けるためには新たな知識が不可欠
丸 お二人にご意見を伺ってみたいのですが、中小企業同士の連携はアリでしょうか。実は思いついたアイデアがあるんです。連携のかたちとして、中小企業が共同でベンチャー企業を設立する、というものです。もしくは、両社が応援したいと考えるベンチャー企業を共同で支援する方法でも良いかもしれません。
長谷 それは興味深いですね!
丸 KOBASHIはすでに複数のベンチャー企業に出資していますよね。それらのベンチャーを支援対象として、実際に中小企業と連携を行うことは現実的ですか。
小橋 質問にお答えする前に、当社の出資スタンスについて少し説明をさせてもらうと、我々はいわゆるスタートアップブームに乗りたくて出資しているわけではありません。何か新しいことを仕掛けようとした際に、当社だけで完結させることは不可能です。つまり、外から新たな知識を掛け合わせる必要があります。ベンチャーとの連携は、その観点で極めて効果的なんです。ですから同じ意味で、私たちとは異なる知識をもつ中小企業との連携も有効だと思いますし、共にベンチャーを支援するというかたちも非常に面白いと思います。
丸 ありがとうございます。少し話は変わりますが、KOBASHIは2017年にホールディングス体制になり、2020年にKOBASHI ROBOTICSを設立しましたよね。KOBASHI ROBOTICSの事業を簡単に紹介いただけますか。
小橋 KOBASHI ROBOTICSは、私たちが100年以上積み重ねた製造の知見や経験をベンチャー企業に提供することで、包括的なモノづくり支援を実施しています。
丸 つまりノウハウの部分ですよね。製品自体はベンチャー企業のものですが、効果的な製造方法や量産体制に関する知識をKOBASHI ROBOTICSは提供している。しかも、すでにしっかりと売上が立っていて、支援したベンチャー企業も大きく成長していると聞いています。何が言いたいかというと、これはKOBASHI流の知識製造業だと思うんです。
リバネスは「科学技術の発展と地球貢献を実現する」というビジョンを掲げて、世界中の課題を解決するために日々知識製造業に取り組んでいます。ただ、私たちだけでは、できることは限られます。ですからKOBASHIが製造分野で、長谷虎紡績が繊維分野で実践しているように、さまざまな分野で全国の中小企業が知識製造業を展開する状況をつくっていきたいと強く思っています。
知識製造業を実践して未来を創る
丸 あっという間にセッションの終わりが迫ってきました。最後にお二人から一言ずついただいて締めたいと思います。
小橋 100年以上農業分野に携わってきた会社として、これからも日本の農家さんの所得増加や地位の向上に貢献していきます。また同時に、我々のような製造業の存在感も高めていきたいと考えています。KOBASHIなりの知識製造業に取り組むことで、1日でも早くそのような世界を実現できればと思います。
長谷 このまま何もしなければ、5年後、10年後の日本は岐阜繊維問屋街のようなシャッター街が当たり前の風景になってしまいます。そのような未来を防ぐための鍵は、中小企業にあると確信しています。世界の課題を解決するために、日本の中小企業が互いに協力していく状況を率先してつくっていきたいと思います。
丸 ありがとうございます。本セッションの要点は3つあったように思います。1つは、中小企業がベンチャー企業と積極的にコミュニケーションを取ることです。「雑巾やミドリムシって儲かるの?」というスタンスではなく、ベンチャー企業たちがどのような課題解決を掲げているのかに着目してコミュニケーションを取ってください。2つめは、中小企業の側からベンチャー企業に提案をしにいくということです。「待ち」の姿勢ではなく、こちら側から仕掛けていきましょう。最後の3つめは投資です。大企業に比べると、中小企業は複雑なフローが少なく、スピード感のある決断ができるはずです。ぜひ、未来の世界のために投資をしてください。今日、この全国知識製造業会議に参加している全員で、世界を変えていきましょう。本日は、ありがとうございました!