知識製造業を通じて、かつての日本の輝きを未来につなぐ

2024.03.17

全国知識製造業会議の公式読本である『知識製造業の新時代』。本書では「知識製造業」とは何か、知識製造業へのシフトを通じて何を成し遂げようとしているのか。そして、どのように知識製造業へのシフトを進めていけばいいのかを紹介しています。以下、本稿では本書3〜14ページ収録の「はじめに」を掲載します。

「なんとかして変わらなければ」
「このままでは自分たちに未来はない」
日本中の中小企業が、そうした危機感を抱いています。製造業を中心にした日本経済がジャパンアズナンバーワンと世界で賞賛された過去はいまや完全な「昔話」であり、頂点から転落したバブル崩壊すら30年前の出来事です。そのショックから立ち直るきっかけを掴めないまま、日本は「失われた○○年」と呼ばれる時期を10年、20年、30年と過ごし、現在ではそれが当たり前の状態となってしまっています。

その一方で、世の中には新しい風が吹き始めています。例えばSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)は、詳細な内容はわからずとも、SDGsという単語自体については誰もが知っています。同時に、SDGsが提唱するサステナブルや持続可能性といった概念も、いつの間にか社会に浸透しています。ダイバーシティーやインクルージョンといった概念についても同様です。10年前を振り返ってみると、全くそんな状況ではなかったはずです。

1978年生まれの私は現在45歳ですが、少年時代を過ごした20世紀の世界では、目指すべきものは「成長」でした。その代表的な指標がGDPであり、GDP成長率です。Gross Domestic Product、つまり「どれだけ生産したか」「どれだけ儲けたか」が成長であり、豊かさであり、さらにいえば幸せである、という概念です。これをDomesticという単位で、つまり国ごとに比較することが長らく豊かさの指標となってきました。

生産量が豊かさであるというのは、裏を返せば「どれだけ消費できるか」が豊かさである、ということでもあります。シンプルに考えれば、消費が旺盛であればあるほど、需要と供給の関係で生産は伸びることになるからです。いわゆる「お金持ち」が成功の象徴とされる所以です。そして、GDPにおいては生産の量だけが指標であり、その内容が問われることはありません。
これに対してSDGsは、サステナブルであることが価値であり目標である、と主張します。ここに量を求める概念はありません。成長に重きが置かれることもありません。生産ではなく開発。成長ではなく持続可能かどうか。個人的には、これがSDGsが発するメッセージの本質だと捉えています。

2000年以降に成人を迎えた世代のことを、ミレニアル世代と呼びます。そして後に続くのがZ世代です。これらの世代の大部分にとっては、「成長ではなく持続可能かどうか」という価値観はすんなりと受け入れることができます。Z世代にとっては、もはやその価値観が自然なものとなっています。
2025年には、こうした価値観をもつミレニアル世代以降の人口が、日本の労働者人口(生産年齢人口)の過半数を超えます。おそらく、これが日本人の価値観が大きく変わる転換点となります。そして、その影響が実際に社会に波及し始める2026年頃に、「時代が変わった」という認識が明確になってくるはずです。
ちなみに世界全体では、2025年の時点で労働者人口の75%以上をミレニアル世代以降が占めることになります。人々の価値観は、もう元には戻りません。

日本が復活するためには、こうした変化をしっかりと理解して、時代の波をうまく捉えていく必要があります。そのための最大の鍵となるのが、考え方を変えることです。
では、どのような概念へと考え方を変えていくべきなのか。それこそが、「知識製造業」です。私たち株式会社リバネスは、この概念を次のように定義しています。

知識と知識の組み合わせによって新たな知識をつくり出すこと。そして新たな知識によって未解決の課題を解決すること。

これからの日本は、全ての産業が知識製造業へとシフトすべきだと私は考えています。知識製造業によって世界に山積する未解決の課題を解決し、再び世界にとって不可欠な存在になるべきです。そしてその主役となるのが、日本の企業の99.7%を占める中小企業です。このアイデアをみなさんと共有し、ともに知識製造業の新時代をつくっていくことこそが、本書の目的です。

誰もが取り組むことができる知識製造業

少し自己紹介をさせていただくと、私は2002年に、15人の仲間とともに株式会社リバネスを立ち上げました。 リバネスという会社の詳細については、この後に続く各章の中で随時説明をしていくことになりますが、ひとまず特長を挙げるとすれば以下の5つになります。

  • 2002年に理工系の大学院生を中心に設立されたベンチャー企業で、現在も全社員が博士号もしくは修士号を持つ研究者集団である
  • 「科学技術の発展と地球貢献を実現する」というビジョンを創業時から掲げている
  • 教育応援、人材応援、研究応援、創業応援と名付けた4つの主幹プロジェクトを事業としている
  • 各プロジェクトを通じて、学校教育の現場、若手研究者、各種の研究機関、ベンチャー企業、町工場、中小企業、大企業など、極めて幅広い知識ネットワークを構築している
  • シンガポール、マレーシア、フィリピン、イギリス、アメリカに子会社があり、グローバルでも同様の事業を展開している

着目いただきたいのは、リバネスの事業領域が通常では考えられないほど広範囲に及んでいるということです(コンサルティング会社であれば真っ先に「事業の選択と集中を行ってリソースを集中させるべき」と指摘するでしょう)。
そしてその結果として、やはり通常では考えられないほど広範囲なネットワークを構築できています。しかも、同様のネットワークを日本だけではなく、グローバルでも展開しています。さらに、2002年の設立時から20年間にわたって、一貫してブレずに活動を続けてきたことによる知識の蓄積があります。

また私はリバネスだけでなく、 これまで70社以上のベンチャーの創業にも携わってきました。その記念すべき第一号は、2005年8月9日設立の株式会社ユーグレナです。現在は東証プライム市場で時価総額1000億円以上の企業に成長したユーグレナとのチャレンジは、私にとってもリバネスにとっても、本当に大きな経験となっています。
そんな経緯もあり、現在の私には主に3つの肩書きがあります。一つめが株式会社リバネスの代表取締役グループCEO。二つめは前述の株式会社ユーグレナで現在務めている専門役員CRO(最高研究開発責任者)。そして三つめが2014年に株式会社ユーグレナ、株式会社リバネス、SMBC日興証券株式会社の3社で立ち上げたリアルテックファンドの運営会社であるリアルテックホールディングス株式会社の代表取締役です。

ただ基本的には、常に「株式会社リバネス代表取締役グループCEOの丸幸弘」として通しています。ユーグレナもリアルテックホールディングスも、そして70社以上のベンチャーも、全ては「科学技術の発展と地球貢献を実現する」というリバネスのビジョンが原点になっているからです。

これら全ての経験をふまえた上で、日本を復活させる戦略として私がたどり着いた答えが、先ほどの「日本の全ての産業は知識製造業へとシフトすべき」というものです。
具体的な内容についてはこの後の本章でしっかりと説明していきますが、まず強調しておきたいのは、知識製造業は誰もが取り組むことができるものだということです。
大企業である必要はありません。最先端のテクノロジーをもっている必要もありません。あるいは製造業である必要すらありません。知識製造業がつくりだすものは、あくまで「新たな知識」だからです。製造業の方であればおわかりだと思いますが、ものづくりは機械設備さえあればできるというものではありません。そこに知識をもつ人がいるからこそ、ものづくりは実現するのです。

ですから、例えば町のラーメン屋でも知識製造業に取り組むことは可能です。「味には自信がある」「テキパキとした接客もお手のもの」「しかし地域の人口は減少していて、将来の見通しは明るくない」。日本のどこかの町に、そんなラーメン屋があったとしましょう。
一方で世界に目を向けてみると、急速な発展を遂げている新興国では、食生活の変化によって肥満が深刻な問題となっています。また、それにともなって糖尿病患者も急増しています。例えば東南アジアのマレーシアでは、成人における糖尿病患者の割合が16%と世界平均の約2倍であり、南アジアのパキスタンでは過去10年で糖尿病患者が5倍以上になっています。南アジア全域では、今後20年でなんと2.2億人が糖尿病に罹患すると推定されています。
では、人口減に悩む町のラーメン屋が、例えば小麦ではなくこんにゃくを原料とするヘルシーな麺を開発し、テキパキとしたオペレーションを機械化・自動化した上で、その自慢の味を南アジアに事業展開できたとしたらどうでしょうか。町のラーメン屋が、一気にグローバルなフードチェーンへと変貌することになるのではないでしょうか。

もちろんこれは、店の大将が一人で実現できることではありません。しかし、日本には全国に大学があり、最先端のフードテックの研究者も数多く在籍しています。オペレーションの機械化や自動化は、それこそ日本中の町工場が得意とするところです。味の相談なら、現地から留学や仕事などで来日している人たちにモニターになってもらえばいいでしょう。そうやって知識を組み合わせていけば、町のラーメン屋でも、世界の課題を解決できる新たな知識をつくりだすことができるのです。
「この課題を解決したい」という声を上げることで、誰もが課題解決に取り組むことができる。どのような知識であっても、他の知識と組み合わせることによって、世界中の課題を解決することができる。これこそが知識製造業の概念です。

かつての日本の輝きを未来につなぐ

私には、知識製造業を通じて成し遂げたいことが3つあります。一つめは、リバネスのビジョンである「科学技術の発展と地球貢献を実現する」を達成すること。二つめは、知識製造業によって日本を復活させること。そして三つめが、知識製造業へのシフトによって、これまでの日本に蓄積されてきた知識を未来へとつなぐことです。
こうした意識の根底には、おそらく世代的な背景があります。前述したように、私は1978年生まれです。リバネスは学生ベンチャーとして始まった会社ですから、当然ながら創業メンバーも同年代です。現在のリバネスの役員には創業メンバー以外の人間も加わっていますが、全員が1975年から1986年の間に生まれた世代です。

1975年〜1986年生まれというのは、日本における世代分類からすると、完全に「狭間」の位置にあたります。自分たちの上には人口として大きなボリュームをもつ団塊ジュニア世代がいて、下には従来とは異なる価値観をもつゆとり世代がいる。青年時代が就職氷河期に重なったという特徴はありますが、いわば昭和から平成への移行期にあたる世代です。

しかし、狭間の世代だからこそ、私たちは旧来の価値観と新しい価値観の両方を理解することができます。自分たちの両親や祖父母がつくった昭和の時代に対する敬意がありつつ、これからの時代を担う新しい世代への期待もあります。「かつての日本のままでは未来がない」という危機感と、「かつての日本の良さを引き継がなければ未来はつくれない」という意識の両方をもっているのが私たちの世代です。そしてここから、「自分たちが日本の過去と未来をつながなければ」という責任感が生まれてきます。少なくともリバネスの役員陣は、全員がその使命を強く感じています。
詳しくは第二章で説明することになりますが、リバネスは自分たちのことをサイエンスブリッジコミュニケーター®︎と呼んでいます。私たちが知識製造業を通じて実現したいのも、「かつての輝かしい日本を未来にブリッジする」ということにほかなりません。

本書には、そのブリッジに必要なエッセンスを凝縮したつもりです。第一章から第三章では、知識製造業へのシフトに不可欠な「共生」「ブリッジ」「研究者的思考」という重要な考え方について一つずつ論じています。
第四章から第六章では、それらの考え方を持ったうえで、これからの企業が起こしていくべきアクションについて説明しています。各章でキーワードとなっているのは、それぞれ「ディープテック」「4D思考」「インバウンドグローバライゼーション」です。
そして第七章は、知識製造業を実現するための組織づくりに関する内容となっています。これからの企業はどのような組織を構築していくべきなのか。そして企業のトップは、そうした組織をつくるためにどのような言葉を発信していくべきなのか。この章は、企業の事業承継を考える上でも役に立つ内容になっているはずです。

日本企業の99.7%を占める中小企業が知識製造業へと転換することができれば、日本は必ず復活します。そしてその先には、世界の課題が次々に解決され、豊かで明るい未来が広がっていくはずです。私は、そんな新しい時代をみなさんと一緒につくっていきたいと思っています。
少々前置きが長くなってしまいました。ここから先は、「知識製造業の新時代」へと足を踏み出すための概念を解説する本章へと場所を移しましょう。最後の第七章を読み終えたときに「ここが新たな時代の入り口か」と実感してもらえるように、しっかりと伴走を務めていきたいと思います。