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才能論から設計論へー事業が生まれ続ける組織とはー<全国知識製造業会議2026ダイジェスト>
2026.05.07
新規事業を前にしたとき、多くの組織は同じ問いにぶつかる。事業を生み出すのは、結局のところ「特別な才能」を持った個人なのか。それとも、組織として再現可能な「設計」があるのか。
このセッションでは、町工場から宇宙、医療、超電導へと事業を広げてきた由紀ホールディングス代表取締役社長・大坪 正人 氏の実践を軸に、日本たばこ産業株式会社 コーポレートR&D「D-LAB」・ シニアディレクター・西川 信太郎氏、UntroD Capital Asia Pte.Ltd. Director&CEO・熊本 大樹氏、リバネス代表取締役グループCEO・丸幸弘氏が、それぞれの立場から議論を交わした。
才能とは、何を指すのか
丸:今日は「才能論から設計論へ」というタイトルを置いています。そもそも新規事業を起こすことは、「才能」なのか、それとも「設計」なのか。古くからある議論ですよね。まず大坪さんのお話を聞いて、これは才能があるからできたのか、それとも論理立てて見えてくるものがあるのか。そのあたりを考えたいんです。
大坪:私はもともと、大坪螺子(らし)製作所というネジを作る町工場に3代目として生まれました。公衆電話の部品を作っていたんですが、それがなくなって会社は倒産の危機になりました。経営を立て直そうと思い、当時就職していたベンチャー企業から家業に戻ったんです。でも戻ってみたら、やることがない。ネジを作っていても先がない。じゃあネジはどこで使われるのかと考えたときに、航空や宇宙にも行けるだろうと。それで航空宇宙業界に行こうと決めました。そこから、人工衛星の部品、JAXAとの開発、宇宙から物資を持ち帰る小型回収カプセル、脊椎インプラント、時計、オーディオ、そして今は超電導まで、精密加工を軸に展開してきました。

西川:まさに、孫子の兵法の一節でもある「戦いは、正を以って合し、奇を以って勝つ」かと。精密加工というベースの「正」がある。その上で、時計やオーディオとか超電導とか、普通は行かないような「奇」を打っている。たぶん、その「奇」がないと次のチャレンジは生まれなかった。
丸:なるほど。じゃあその「奇」は、どうやって生まれたんですか。誰かが背中を押したのか、それとも勝手に出てきたのか。
大坪:先ほど紹介した航空宇宙や医療は、比較的真面目なラインなんです。機械部品がどこに使われるかを冷静に考えていくと、ここなら残るだろうと考えた。一方で、時計とかオーディオは結構趣味に走ってます。私の趣味だったり、うちの開発部長の熱だったり。オーディオプレイヤーなんて、開発部長が1年間こっそり作っていたんですよ。ある日、「大坪さん、これできたんですけど、製品化していいですか」と原理試作を持ってきた。それを見て、「これはおもしろいな」と思って、迷わず製品化しました。
西川:つまり、自分たちのアセットをちゃんと理解している社員が、自社技術をどこに生かせるかを考えていたということですよね。しかも、それを経営が認めた。これは、才能だけじゃなくて設計できることでもあると思うんです。
才能とは、天才性よりも「前に倒れる力」かもしれない
丸:ここで一度、「才能」って何かを定義したいんですよ。みんな簡単に「才能がある」と言うけれど、何をもってそう言っているのか。では、熊本さん、大坪さんって才能があるんですか。
熊本:あると思いますよ。少なくとも、僕が見てきた中で、町工場の3代目が新しい技術を持って外から資金調達して、次の産業を作ろうとしている例は多くない。それを引き寄せる人間は異能であり、才能があると思います。
丸:大坪さんご自身は、才能があると思いますか。
大坪:才能を一言では言えないと思うんですけど、私が得意なのは「不可能を不可能と思わないでやってみる」みたいなことですね。
丸:それは、不感症ってやつですね(笑)。
大坪:そうですね。恐れに対して鈍いというか。
西川:才能に関して思うことは二つあります。一つは、イノベーションって組み合わせなんですよね。その組み合わせの距離が遠ければ遠いほど面白い。もう一つは、リスクの捉え方が異能だということです。普通なら、そのお金の使い方はしないな、というところで踏み込める。

大坪:それはあるかもしれません。私が由紀精密に入った時は、キャッシュがない、自分の給料もない、いつ潰れるかわからない、そういう状態でした。でも、そういう状態だからこそ「使え」と思ったんです。普通は使わないじゃないですか。でも、やらないと絶対続かないと思った。もちろん無駄遣いじゃないんですよ。個人保証もしているし、家族を守らなきゃいけない。リスクはものすごく感じている。でも、その状態でもちゃんと投資しないと回収できない。そこは訓練でもあるんですよね。
丸:おお、訓練ですね。
大坪:はい。31歳で経営を始めて、今50代ですから、20年近くずっとそんなことを繰り返してきました。だから、才能というより、前に倒れる訓練をしてきた感じです。
熊本:さらに、才能ある人って「一人で戦っている感覚」はないんですよね。そこには、その才能に惚れ込む人、支えたいと思う人が必ずいる。それもすごく重要だと思います。
市場を見つけるのではなく、作る
丸:ここで面白いのは、大坪さんには二つの顔があることだと思うんです。町工場の3代目として既存事業を変革してきた顔と、今、超電導のような、まだマーケットのないところにベットする起業家としての顔。この二つは同じなんですか。
大坪:あまり分けて考えてないですね。器用じゃないので。由紀精密をやってきたときも、「強みを活かして、今までと全然違うことをやっていこう」という感覚でした。加工したものが売れないんだったら、なんで売れないのか。マーケットがないからだとしたら、自分で作ろう、という感覚なんです。
熊本:でも、投資家の立場からすると、やっぱりマーケットは重要なんですよね。一方で、必ずしも「シーズがあってニーズがないもの」が潰れる世界ではないとも思っています。個人の熱を応援する器はいろいろあるし、それが生き残って、どこかで花開くこともある。VCが投資できるものは限られているけれど、それだけが答えじゃない。

大坪:私はどちらかというと、マーケットを作るほうが楽しいんです。創業以前からお手伝いしているアストロスケール社の宇宙ごみの掃除だって、最初から市場があったわけじゃない。超電導もそうです。今は市場が限られているけれど、電気抵抗がない線なんて、誰が見ても魅力的じゃないですか。だったら、そこから新しい市場を作ればいい。そのときに一番広がりやすい形は何かと考えて、今は「最も使いやすい超電導線」を作ろうとしているんです。
西川:そこが重要なんですよね。20世紀は石油の時代で、21世紀は計算資源の時代になっている。その中で、何がボトルネックになるかはかなり明確です。世界で半導体の覇権争いが起きているのも、その先にある「計算資源の制約」が見えているから。そこに対して、特定の人には、もう次のドミノが見えている。それが才能の一つなのかもしれません。
起業家のマインドセットは設計できるのか
丸:ここで、西川さんに聞きたいんです。今、リバネスとJTで「D-0.」というプログラムを一緒に考えていますよね。この「D-0.」は、どこに位置づくものなんでしょうか。
西川:JTは90%以上がたばこ事業の会社ですが、それだけでは長期的なサステナビリティが難しい。だから、たばこ以外の可能性を長期視点で探索しているのが「D-LAB(Delightful Momento Laboratory)」というJTのコーポレートR&D組織です。リバネスさんとはかなり前からご一緒していて、最初は「ベンチャーって何なんだろう」「新規事業って何なんだろう」とよくわからなかった。だからまず、エコシステムに入ることが重要だと思ったんです。技術シーズを見つける、創業資金を供給する、場所を提供する、さらにその先の投資につなげる。それを全部つなげたほうがいいんじゃないか。それが「D-0.」の発想です。
丸:つまり、バラバラに存在していた支援機能を一気通貫にする、と。
西川:そうです。特に重要だと思っているのは、起業家のマインドセットです。商品を出してからが重要なのではなく、その前にどういうマインドセットを持つかが重要なんです。発掘して、育成して、ハンズオンしていく。0から進化させていくほうが、勝ち残る確率は高くなるんじゃないか。今はそういう仮説を持っています。
熊本:でも、そこは僕、すごく興味があって。そもそもそのマインドセットって設計できるものなのか、という疑問があるんです。僕らが起業家を見るときって、「前進する理由がどこにあるのか」をよく見ます。原体験があるのか、解決したい課題が内側から出てきているのか。そこはやっぱり内発的なものが大きい。だから、それをプログラムで再現できるのかは、かなり大きな問いですよね。
西川:雑に言うと、皆さんが投資委員会で聞くことを、「D-0.」で先に聞いておくほうが良くないですか、ということです。
熊本:なるほど。最初から聞いてしまう。
西川:そうです。「もっと大きく考えられないか」とか、「その先にどんな市場があるのか」とか、投資の段階で急に問うのではなく、最初から問い続ける。ただ、問い詰めるというより、一緒に悩むことがポイントなんです。僕らがやるべきなのは、たぶんそこなんですよ。最強の伴走の仕組みって、実はまだないよね、という問題意識です。
設計すべきは、個人ではなくエコシステムではないか
丸:つまり、個人そのものを設計するのではなく、その人が伸びる環境を設計する、ということですよね。
西川:個人の設計には限界があると思うんです。目の前に3000万円、5000万あって、それを溶かしていくような意思決定は、本人の体力が必要ですから。でも、設計できるものがあるとすれば、それはエコシステムだと思うんです。日本には日本のやり方があるはずで、その一つが知識を軸にした連携なのではないかと考えています。
丸:大坪さん、社内でもそういう設計は考えていますか。
大坪:まさに今、それを「由紀メソッド」としてメソッド化できないかなと思っています。たとえば、情報発信はこうする、M&Aはこうする、技術を先端産業につなぐかをどう考えるか、といったことですね。特に日本の中小企業って、材料の開発でも加工技術でも、50年とか積み上げてきたものがものすごいアセットになっているんです。でも、そこを新しい世代や新しい市場につなぐ人がいない。大企業ならマーケティングや探索のチームが置ける。でも中小企業は、作るところまでで手いっぱいです。だから、その外側のアセットをチームで利用できるようにする必要があると思っています。
熊本:そこはすごく大事ですよね。100年、150年続く組織を考えると、才能だけでは成り立たない。創業者が異能で引っ張ってきたとしても、2代目、3代目、その次の世代でどう継承していくかは、やっぱり設計しないといけない。
大坪:日本には、長く続く組織を作ってきた強みがあると思っています。そこに「世界に向く」というベースが乗れば、まだまだ新しい事業は作れるはずです。

才能論から設計論へ。その先に何が見えるか
熊本:100年、150年続いている事業の大半は日本から出ています。長く続く組織体を作る設計の強みが、この国にはある。そのうえで世界に向いていく。そこをファンドとして支援していきたいと思っています。
西川:イノベーションや市場づくりは、一朝一夕にはできません。だからこそ、パートナーと対等に仕事をすること、敬意を持つことが大事だと思っています。僕らにできるのは、おそらく共に悩むことです。
大坪:ものづくりの世界にどっぷりいると、どうしても視点が狭くなっていきます。「全国知識製造業会議」はすごく学びが多かったです。製造業はいま、AIなど背景が大きく変わる中で、実はすごいチャンスだと思っています。一緒に頑張っていきましょう。
丸:今日の議論で見えてきたのは、社内だけで完結する設計では足りないということです。知識製造業が中小企業のエコシステムになり、それを加えた社内設計をしていくことで、新しい事業が生まれ続ける仕組みになるんじゃないか。そこに可能性があると思っています。新規事業を生むのは、確かに個人の異能かもしれない。だが、その異能を「たまたま現れた才能」で終わらせず、次の挑戦へと接続していくには、設計が要る。「才能論から設計論へ」という言葉は、才能を否定するためのものではない。 むしろ、才能が生きる条件を組織として引き受ける段階に、いま入っているという宣言なのかもしれませんね。
※本記事は、2026年3月27日に開催された全国知識製造業会議2026のパネルセッション「才能論から設計論へー事業が生まれ続ける組織とはー」のダイジェストです。
また、「知識製造」を加速させるためのメディア「L Media」にも同様の記事を掲載しています。