- 全国知識製造業会議
全国知識製造業会議フォローアップセミナー・キーノートセッションダイジェスト「日本の技術でベトナムの水環境課題に挑む、そのために」
2025.11.30
登壇者
・有限会社ヴァンテック 代表取締役 井之口 哲也 氏
・株式会社環境内水面資源研究所 代表取締役 佐藤 嘉 氏
・株式会社みずほ銀行 法人業務部 平野 達也 氏(コメンテーター)
・株式会社リバネス 製造開発事業部 部長 岡崎 敬(ファシリテーター)
全国知識製造業会議で生まれたアイデアをさらに前進させるためには何が必要なのか。そうした課題意識のもとで開催されたフォローアップセミナーでは、当事者ならではの具体的なエピソードが多く共有され、「次の一歩」に向けた貴重な機会となった。本記事ではダイジェストとして、キーノートセッションの内容を紹介する。
産業が立ち行かなくなる状況に、いかに立ち向かうか
岡崎:本日のセミナーでは、「次の一歩を決める」というテーマのもと、実際に新しい製品やサービスづくりに挑んでいる2社の事例を紹介します。タイトルは「日本の技術でベトナムの水環境に挑む、そのために」。全国知識製造業大賞2024で表彰されたヴァンテックの井之口さんと環境内水面資源研究所の佐藤さんに登壇いただき、お二人の挑戦を通じて、連携の背景や課題克服のプロセスを共有したいと思います。また、コメンテーターとしてみずほ銀行の平野さんにも参加いただきます。まずは井之口さんと佐藤さんから、自己紹介をお願いします。
井之口:私どもは親会社の栗東総合産業株式会社が培ってきた環境事業の技術、ノウハウ、経験を活かして、5年ほど前からベトナム・アンザン省を中心に水産養殖汚泥処理サービスの導入に取り組んでいます。今日もベトナムからオンラインで繋いでいます。
現地では、メコン川の水量減少や上流からの汚染などが深刻化しており、農業や水産業全体の変革が迫られています。また、SDGsの流れで輸入品に対する規制が厳しくなり、従来の手法のままでは産業そのものが立ち行かなくなりつつあるという背景もあります。
そうした全体像を踏まえると、日本で培った汚泥処理技術だけではどうしても限界があります。そこでリバネスの協力のもと、新しいソリューションを模索しており、全国知識製造業会議にもその一環で参加しました。
現在は「汚泥を資源として再利用する」ことに着目しています。農業系廃棄物と組み合わせることで、資源循環型のサーキュラーエコノミーを実現できるのではないか、という狙いです。また、全国知識製造業会議で出会った環境内水面資源研究所さんの技術を取り入れて、養殖の生産効率を高めることにも挑戦しています。
佐藤:環境内水面資源研究所は、その名のとおり、内水面環境(河川や湖沼などの淡水域)における生態系の保全を中心に活動しています。私自身はもともと金属工学が専門なのですが、金属の知見を生物や環境分野に応用できると考えて、水資源の改善に取り組んできました。
また、同じく私が経営しているアクアソリューションズ株式会社では、旋回式のファインバブル発生器のコア技術を保有しています。これを活用して、通常の養殖であれば半年かかる成長を3ヶ月に短縮するような取り組みを進めています。その他にも、水中にブロックを沈めることで海藻を増やすなど、廃棄や環境負荷を軽減しつつ、生産性を高める技術開発を行っています。
最終的なゴールとしては、拠点である山形県の最上川に、かつて生息していたウナギが戻ってくる状態をつくりだしたいと考えています。
現場を見て、実感を共有することが連携には不可欠
岡崎:お二人は全国知識製造業会議で隣同士のブースだったことが出会いのきっかけでしたね。「水」という共通する課題意識から、協働が生まれたと聞いています。すでにベトナムで事業を展開していた井之口さんから「一度ベトナムの視察をしませんか」と声をかけたとのことですが、佐藤さんは誘われたときにどう感じましたか?
佐藤:最初は驚きましたが、即答で「行きます」と決めました。これは偶然なのですが、その数ヶ月前にタイを訪問して、現地でエビ養殖の水質の悪さを実感していたんです。排水が街中を流れ、臭気が漂う環境も体感して、「これは良くない状態だな」と思っていました。それで井之口さんに声をかけていただいて、「あの状態は東南アジア全体に共通する課題なのだろうか」ということを自分の目で確かめたいという思いがありました。
岡崎:井之口さんは、その視察のための旅費を自社で負担されたとか?
井之口:そうですね。もともと補助事業の枠組みで動いているので、それほど大きな経費負担ではないということもありますが、やはり「現場を見てもらわないと始まらない」というのが最大の理由です。いくら資料を使って説明しても、それだけでは伝わらない部分が多いですから。実際に見て感じてもらうことが、連携を進める上で一番重要だと考えました。
各種制度を活用しつつ、最初の一歩は自分たちでリスクを取る
岡崎:結果的に、2社の間ではファインバブル発生器を活用した養殖の効率化と水質改善のプロジェクトが始まりました。ベトナム視察には私も同行させてもらいましたが、これまでに井之口さんが蓄積してきたネットワークもあり、現地では大学や大規模養殖事業者、また環境アセスメントを手がける企業などとトントン拍子で実証試験の実施が決まっていきましたね。その費用についても、井之口さん側で負担されたのですか。
井之口:そうですね。こちら側で計画を立てたうえで、これも補助金を活用して進めました。現地企業からの資金提供はありません。やはり最初の一歩は自分たちでリスクを取るしかないと思っています。
岡崎:なるほど。この点についてはぜひ金融機関の意見を聞きたいのですが、こうした初動の資金確保について、平野さんはどう捉えていますか。
平野:これは「0→1」のスタートアップ支援とも共通するのですが、新規事業の初期段階では、銀行として融資での対応をするのは難しいのが正直なところです。ただ、日本政策金融公庫さんであったり、あるいは全国の保証協会さんや自治体の制度融資などのサポートは存在します。ですから私たちとしても、そういった制度を組み合わせたアドバイスをさせていただくケースはよくあります。
「リスクを取る」「思い切りの良さ」「相談をする」
岡崎:実証を経て、今はファインバブル発生器を現地生産する段階に進んでいると伺いました。現在の課題はどういった点にありますか?
井之口:岡崎さんに紹介いただいた現地の会社と組んで、ちょうど試作品が上がってきたところです。ただ、コストはまだ高い。サンプル規模なので単価も下がらず、どこで量産体制を築くかが課題ですね。ベトナムで作ることにこだわらず、全体最適でコスト削減できる方法を探っています。
岡崎:みずほ銀行さんでは、海外製造のネットワーク支援などはありますか?
平野:はい。ベトナムにもネットワークはありますし、現地でのパートナー探索や情報提供のお手伝いを我々の機能として提供しています。まずはご相談いただければと思います。
岡崎:本日のディスカッションから、3つの重要なポイントが見えました。まずは「一歩目のリスクを取る」ですね。誰かが最初に資金を出さないと始まらないということを、井之口さんも強調されていました。次に「思い切りの良さ」です。佐藤さんは井之口さんの誘いに「行きます」と即答されたとおっしゃっていました。とにかく動くことによって、新しい挑戦が生まれるということがよくわかりました。そして、「常に誰かに相談をして可能性を探る」。ベトナムでのものづくりという未経験の取り組みであっても、お二人は常に可能性を探っていますし、平野さんからの話にもあったように、金融機関に相談することでも次の道が見えてきます。ヴァンテックの井之口さん、環境内水面資源研究所の佐藤さん、みずほ銀行の平野さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。